第2話~音楽エネルギー~

「人在音楽、音楽在人」

大学生のときに、クラシック音楽の世界に私を誘ってくれたのは、今は亡き友人の音楽評論家、吉村渓君だった。彼を介して出会った指揮者の佐渡裕さんの指揮した演奏を彼とともにパリで聴くことができた。異国の地で味わうモーツァルトの「ジュピター」は忘れがたい思い出となっている。 「この章はシャンパンを開けた時のように、パーンと華やかに」とオケに指示を出す。 「ジュピター」の第2、第3楽章の比較的緩やかなメロディーも音量を重ねると、反響しあう音が絢爛豪華、美々しく、きらびやかに聴こえる。そして終楽章の圧倒的な音の渦。佐渡さんの冒険心に舌を巻いた。 コンサートの後に、佐渡さんは公開レッスンをパリの子供たちのために設けた。小部屋で、子供たちは佐渡さんから指揮棒を渡されて、小編成のオケを振るのだが、最初緊張していた子供たちも佐渡さんのジョーク交じりの指導で最後は笑顔いっぱいになった。佐渡さんは、パリに拠点を置き、このような小規模の活動も評価され、17年間フランスのコンセール・ラムルー管弦楽団の主席指揮者となったのである。   音楽エネルギー3   指揮者がオケという帆船の全体をまとめるキャプテン、これを導くパイロットの役目をするとすれば、各演奏者はオケの船員である。 下田吹奏楽団のメンバーで、今回の演奏会で縁の下の力持ちを受け持つ、頼もしい音楽家、船員がいる。濱崎雅宏さん。 体型はそままズバリ、チューバそのもので、安定感抜群のパートであることを想像させる。この人が話し出すと止まらない。音楽界、特にブラスバンドの話については人後に落ちない。 幼馴染のご主人が開業されているカフェ「油画茶屋」さんで、淹れたてのコーヒーをいただきながら濱崎さんに音楽についてお話を聞いた。 濱崎さんは中学生の時に音楽の世界に入り、以後チューバ道一筋である。 彼はその後の活動で、「君はこの前もいたな」と声をかけられ黒船祭りに参加したアメリカ人のチューバ奏者と馴染みになったり、自衛隊の楽団員とも交流し、音楽、チューバを通じて見識と人脈を広げておられる。 今回、このコンサートの演目、ホーストの曲の話ではこんなエピソードが・・・。 ホーストの関係者から濱崎さんは、「ホルストという呼び方は、実際にはホーストと発音するというのが正しい、これをどうか日本人に知らしめてほしい」との伝言を授かったそうである。そこで、「ホーストと呼ぶのが正しいのです」と私に熱く語る濱崎さん。その語気には音楽家としての矜持が感じ取れる。音楽人の意思を最大限に尊重されるその姿勢には、今までに経験し、これからも経験するであろう、音楽エネルギーが漲っている。 「下田吹奏楽団をはじめとする吹奏楽を、ここ下田で、ペリーの軍楽隊を引き継ぐ、いわば伝統にしたいです。またそれはそれなりの意義があると思います」。 こういう彼の細い目には下田の歴史も背負わんばかりの鋭い眼光が光っていた。 「アマチュアのバンドがプロのバンドを超えることってあると思われますか?」とこの取材の要の質問をする。 「あると思います。細かい技術的な差はあるけど、勢い、音のエネルギー、素晴らしく透明な音色が時にプロを超えることがあると思います」。この人はどんなことを話してもいつも笑顔を絶やさない。そう、悠揚と寛容をそなえた優しい人なのである。 ともあれ、音楽を愛することに関しては、プロもアマもかわりないのである。 最後に、古いことわざをもじった言葉をみなさまに・・・。 「数時間幸せになりたいなら、お酒を飲みなさい。 数年幸せになりたいなら、結婚しなさい。 一生幸せになりたいなら、釣りを覚えなさい。 あの世でも幸せになりたいなら、音楽を聴きなさい」。

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岩崎 努

京都出身、2013年に念願の下田移住を果たす。
普段は小学生の子供たちの宿題をみる野人塾の傍ら興味の尽きない歴史分野、下田の歴史を調査中。
周りからは「野人」と呼ばれている。
酒好き、読書好き、ジャズを中心に音楽をこよなく愛す。